2011年4月29日 僕の始まりの日

今から約9年5カ月前、宮川朝市道りに僕の最初のお店「右衛門横町(うえもんよこちょう)」がオープンしました。「伝統を継承し、新しい飛騨高山を創造する」というコンセプトで、9店舗の専門店が軒を連ねるお店です。

当時僕は28歳。会社を退職し、父が経営する会社に入社して1年が経過していました。そのころ社長は父です。当時の社長の経営方針に従い、僕がこのお店の運営を任されました。会社に入社したころは、まさか自分が観光業に携わることになるとは夢にも思っておらず、とても戸惑ったことを覚えています。

右衛門横町は敷地面積約330坪。旧田辺酒造という造り酒屋が廃業することを機に、土地と建物を購入し、お店に改装しました。改装工事が始まったのが2011年3月上旬、オープンはゴールデンウィーク初日の4月29日と驚くほどタイトなスケジュール。会社を上げてオープン準備を頑張りました。

そして無事に4月29日オープンしました。
元SEの経験をいかして、お店で使うPOSシステムを開発しましたが、最初のお客様のレジでバグが見つかり、ひやりとする始まりでした。それから約10年、当時作ったシステムは様々な改修を加えながらまだ現役で運用しています。当時買ったレジ用PCもまだ現役です。DELLのパソコン、強いですね。

下の画像はオープン前日に撮影したものです。手前の木製の階段は長年の雨風で腐り、今はコンクリート製になっています。

オープン前日の外観

こちらの画像もオープン前日です。かなり殺風景ですね。店内も暗いですね。あれからいろいろと手を加えて、今はだいぶパワーアップしています。

オープン前日の店内
ストリートビューの画像 オープン当初よりもかなりパワーアップしていますね!

こちらもオープン前日。昔酒蔵だったので、敷地内に井戸があります。落下防止のため、その井戸を封印し、井戸の上に当店のキャラクター「右衛門さま」を配置し、右衛門神社としました。

オープン前日の井戸付近

これからも徐々にパワーアップさせていきます。
ぜひ右衛門横町にお越しください!






高山市にリニューアルオープンした 豆天狗というラーメン屋の紹介

岐阜県高山市は、「高山らーめん」の激戦区です。
徒歩15分圏内の城下町には、パッと思いつくだけでも8店舗のラーメン店があります。
そのような激戦区の中、今年の夏に老舗ラーメン店「豆天狗」がリニューアルオープンしました。地図はこちら

僕が尊敬する経営者の方が、先代から経営を引き継ぎ、新たにお店をオープンしました。

コロナの影響で工事が遅れ、厳しい船出だったかと思いますが、オープン以来、観光のお客様をはじめ地元の方々で賑わっています。

そういう僕も、豆天狗の「まぜそば(平日限定)」にはまって、足しげく通っています。麺を食べた後、無料でついてくるご飯を入れて食べるのがたまらなくおいしいです!

ぜひ高山にお越しの際は、豆天狗で「高山らーめん」を食べてみてください!

初代高山藩主 金森長近(かなもりながちか) 京都を愛した武将

金森長近(かなもり ながちか)という武将を知っていますか?
僕たち高山人からすると、とても馴染み深い武将で、城跡の公園にある銅像は高山人であれば一度は見たことがあるのではないでしょうか?
簡単な歴史年表を下に書きます。

【歴史年表】==============================
1524年 誕生
1575年 信長から「越前大野郡」に所領を与えられる
1586年 秀吉から「飛騨国」をあてがわれる
1588年 高山城築城、街づくり開始
1600年 関ヶ原の戦いでの軍功により、飛騨国に加え、
     美濃国、河内国などの領土を得て、初代高山藩主とる。
1608年 亡くなる

長近は、織田信秀→織田信長→柴田勝家→豊臣秀吉→徳川家康→徳川秀忠と主君を代えて、1608年に亡くなります。
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そして、この長近が1588年ごろから京都を参考にして作った町並みが、現在の高山観光の礎となっています。

長近の街づくりによって、城から近い場所を「上町(かみちょう)」、安川通りを隔てて遠い場所を「下町(しもちょう)」と名付けられました。また、宮川から遠い順に「一之町(いちのまち)」~「三之町(さんのまち)」として整備されました。
地図を見ると、高山の城下町が京都のような碁盤の目になっていることがわかります。この頃の街づくりの結果が、飛騨高山が小京都と呼ばれる理由になっています。

そして興味深いことは、長近が最初に収めた「越前大野郡(現在の福井県大野市)」と飛騨高山との共通点です。その共通点で最も顕著なのが方言です。城主の移動に伴い、家臣、そして有力な商人や町人が一緒に移動するので、方言が似ることは納得できますね。
越前大野と飛騨高山で共通する方言は次のようなものがあります。

「悪い」 ⇒ 「おぞい」
「凍る」 ⇒ 「しみる」
「鳥肌」 ⇒ 「さむぼろ」 など

町がゴソッと移動した結果です。今では考えられない現象で、とても興味深いですね。

ちなみに、越前大野は「北陸の小京都」と呼ばれています。このことから、長近が京都にとても憧れていた様子がうかがえます。

このような切り口で町を見てみると、とても興味深いです。
高山観光の礎を作った長近がもっとクローズアップされることを期待しています!



高山の朝市

飛騨高山の名所として古い町並みについで有名なのが「朝市」です。
高山の城下町には2か所の朝市があり、1つ目が「陣屋前朝市」、2つ目が「宮川朝市」です。

どちらの朝市もお母さんたちをはじめとした地元の方々が出店しています。年中無休で朝7時(冬期は8時)~12時30分くらいまでやっています。ぜひ高山にお越しの際はお立ち寄りください。

高山の朝市の歴史は古く、江戸時代に始まり、令和になった現代でも、新しいものと融合しながら脈々と続いています。雨の日も雪の日も、お店を出される方々の日々の積み重ねが、世代を超えて「伝統」と呼ばれるものに昇華すると考えると、とても感慨深いものがあります。
僕たちの今日一日が積み重なって、高山の伝統を作っていると考えると、もっとしっかりしないと!という気持ちがこみ上げてきます。

僕のお店は、宮川朝市の方にあります。宮川朝市は、宮川沿いのまっすぐな道路に、片面が朝市、片面が商店街というちょっと変わった通りになっています。
歴史的には、朝市の発展に合わせて、商店街側にお店が集まってきたと聞いています。
僕のお店も集まってきたお店の一つです。
朝市の方々作ってきた歴史にお邪魔させていただいているという謙虚な気持ちでこれからもお店を運営していきたいと思います。

まだまだ厳しい日々が続きますが、皆様お体にお気を付けください。そして、終息後は是非、飛騨高山にお越しください。皆様のお越しを心よりお待ちしております!


桜山八幡宮

夏の桜山八幡宮です。
木々の緑と空の青がとてもきれいです。
神社に伸びる表参道からみる景色は圧巻です!
高山に来たら是非見ていただきたい景色です!!
地図はこちら

桜山八幡宮といえば、秋の高山祭です。毎年10月9日・10日に開催される祭りは、当神社の例祭で、豪華絢爛な屋台(※1)が引き揃えられます。
※1:市外の方には「山車(だし)」というほうがなじみがありますかね

祭り期間中は、神社境内で「布袋台」による「からくり」奉納も行われます。

高山祭は、我々城下町で働く人々にとっては特別なお祭りです。
春の高山祭が始まると、これから観光シーズンが始まる!とワクワクし、秋の高山祭が始まると、もうすぐ観光シーズンが終わるな~としみじみします。
今年は、コロナウイルスの影響で春も秋も祭りが中止になりました。そのため、大切な節目が無くなって、パリッとしない一年でした・・・。

皆様も地元のお祭りが中止になって、とても残念な気持ちになったと思います。祭りは日本人にとって、やはり特別だということでしょうか。祭り当日の朝のワクワク感と、終わった後のしっとり感、何度味わってもいいですよね!
早くコロナが終息して、いつも通り各地のお祭りが開催できるようになってほしいものです!
来年、無事に高山祭が開催されたら、ぜひお越しください!
高山で一緒にワクワク感としっとり感を味わいましょう。

ぜひ、皆様の地元のお祭りについてコメントしてください!

【お祭りの日】
春の高山祭:4月14日・15日
秋の高山祭:10月9日・10日

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