再現性と言語化が成功の鍵

先日、Youtubeで学習した内容を忘れないように記載したいと思います。
Youtubeでえは、成功を手にするためには、「再現性を言語化する」ことが必要であるとのことでした。

成功するために最も避けなければならないのは「なんとなくうまくいった」という状態です。
僕の事業を振り返ると、いくつかは「なんとなくうまくいった」という物事が多く、もう一度やったら成功するかどうかわからないものが多いです。
それではいけないんですね・・・。
今手掛けている事業がなかなかうまくいかないのも、成功するためのロジックが明確になっておらず、ただやみくもに突き進んでいるからなのではないでしょうか。
そんな状態を払しょくしてくれる方法が「再現性の言語化」だと思います。

「再現性の言語化」とは、
・なぜうまくいったのか
・なぜ失敗したのか
を深く試行し、言語化することだと解釈しました。

仕事をしている以上、少なからず成功理由や失敗理由を考えることはしますが、その深さはどうかと聞かれると浅かったのではないかと思います。さらに言語化にいたっては全く行ってはいませんでした。
これではダメですよね。本当にそうお思います。

この点を大きく反省し、具体的に行動していく必要があります。そこで、次の方法を実践してみようと思います。

①達成するべき目標を決める
②短期間集中していろいろと実行してみる
③データを取り、「なぜうまくいった」のか、または「なぜうまくいかなかったのか」を思考する
④データや思考した結果を言語化する
⑤②に戻る

特に④の言語化をきっちりと実行しようと思います。僕は文章を書くのがとても苦手で、最初は苦戦すると思いますが、必ずできるようにあると信じて頑張ろうと思います!









観光業について

僕が観光業に携わってもすぐ10年がたちます。
この10年間、世の中の仕組みは大きく変わりました。それに伴い、お客様のニーズも変化したように思います。ここでは、僕が感じたお客様の変化について特に大きな変化だと思っていることを2つ書きます。この2点以外にもまだまだ沢山あると思いますがご容赦ください。
この記事が、すでに観光業に携わっている方や、これから観光業をやりたいと思っている方の参考になれば幸いです!
また、議論をより深めたいので、よろしければコメントよろしくお願いします!

変化したこと2つ
①旅行形態の変化
②購入動機の変化

1.旅行する人数の変化【団体の人数の減少】
大型バスでの団体旅行 ⇒ マイカーでの家族旅行

市内を走る大型バスの台数がめっきり少なくなりました。オープン当初の集客方法は、旅行会社にお願いして、「1人お客様を連れてきてもらって〇円バックする」という方法が主流でした。大型バスでお客様を連れてくるため、一瞬お店が込み合って、すぐにいなくなってしまうという現象が多々ありました。大概のお客様は時間が無く、店内を一周して帰ってしまい、全く売上に繋がらなかったこともあります。旅行会社、バス会社全盛期でしたね。今日はバスが〇台入ってきたよという情報がとても貴重でした。

変わって、現在、大型バス旅行はめっきり少なくなり、「一人集客で〇円」という仕組みを、現在も行っているお店は、かなり減ったのではないでしょうか?集客方法もコストをかけて一点集中よりも、個人のお客様をターゲットにして店頭での呼び込みや入店しやすい雰囲気づくり、そしてSNSなどを使って口コミで集客するといった方法に変化しています。

旅行する人数が団体から個人に変わりつつあります。今や海外旅行であってもスマホで検索すれば大概の情報を得ることができるので、わざわざ団体行動して連れて行ってもらう必要はないですよね。

2.購入動機の変化【自分や親しい人に買う】
職場や近所へのばらまきお土産 ⇒ 自分や親しい人のためのお土産

10年前の定番お土産と言えば、1つの箱に何個もお菓子が入っていて、多くの人に配ることができるものだったと思います。僕らは、「ばらまき用のお菓子」といいます。クッキーや煎餅など日持ちする物が好まれ、1箱1000円で40枚入りの煎餅などはとても人気がありました。旅行に行ったら近所の人にお土産を配るという風習は、まだ残っていますか?
そのため、お土産を作る側もお菓子の「おいしさ」よりも「日持ち」や「数」に重点を置いて製造していたのではないでしょうか。おいしさは二の次で、まずは見た目、パッケージが重要だと。約10年前、観光業に携わっている先輩に言われたことは「名物にうまいものなし」という言葉で、お土産だから美味しくなくてもいいという謎の名言です。商品を1度買ってもらえばそれでOK。リピートなんてしてもらわなくてもOKという考えから来ていると思います。

それから時が流れて現在、食べて美味しくないもの(正直微妙なものはまだありますが・・・)、まずいものは本当に少なくなりました。また、1箱に入っているお菓子の数も少なくなり、3個入り1500円というかなり高単価な「こだわり」のお土産がどんどん増えています。数が少なくなり、こだわった商品であるため1個あたりの価格も上昇しています。
皆様やはり、自分や家族、そして親しい友人へのお土産に安っぽいお菓子は買わないですよね。こだわって、おいしいもの(おいしそうに見えるもの)を買う方が増えています。それに、ばらまくことが目的ではないので、1箱に入っているお菓子の数が少ない商品が人気です。1人でクッキー40枚ももらっても、困りますもんね。

今、僕の店で人気のお土産は、飛騨牛乳を使ったこだわりのケーキや飛騨牛を贅沢に使った飛騨牛しぐれ煮(缶詰)など、値段は少し高いですが、「こだわり」が見らえる商品となっています。

この10年でこのような変化がありました。
おそらくこれからの10年も、今常識だと思っていることがどんどん変わっていくと思います。そして、今までの10年よりもこれからの10年の方がその変化速度は速いと思っています。
変化に追いつけない組織からなくなっていきます。日々アンテナを張りながら、この急激な変化についていけるよう努力していかなければならないと痛感しています。

一緒にがんばりましょう!

2011年4月29日 僕の始まりの日

今から約9年5カ月前、宮川朝市道りに僕の最初のお店「右衛門横町(うえもんよこちょう)」がオープンしました。「伝統を継承し、新しい飛騨高山を創造する」というコンセプトで、9店舗の専門店が軒を連ねるお店です。

当時僕は28歳。会社を退職し、父が経営する会社に入社して1年が経過していました。そのころ社長は父です。当時の社長の経営方針に従い、僕がこのお店の運営を任されました。会社に入社したころは、まさか自分が観光業に携わることになるとは夢にも思っておらず、とても戸惑ったことを覚えています。

右衛門横町は敷地面積約330坪。旧田辺酒造という造り酒屋が廃業することを機に、土地と建物を購入し、お店に改装しました。改装工事が始まったのが2011年3月上旬、オープンはゴールデンウィーク初日の4月29日と驚くほどタイトなスケジュール。会社を上げてオープン準備を頑張りました。

そして無事に4月29日オープンしました。
元SEの経験をいかして、お店で使うPOSシステムを開発しましたが、最初のお客様のレジでバグが見つかり、ひやりとする始まりでした。それから約10年、当時作ったシステムは様々な改修を加えながらまだ現役で運用しています。当時買ったレジ用PCもまだ現役です。DELLのパソコン、強いですね。

下の画像はオープン前日に撮影したものです。手前の木製の階段は長年の雨風で腐り、今はコンクリート製になっています。

オープン前日の外観

こちらの画像もオープン前日です。かなり殺風景ですね。店内も暗いですね。あれからいろいろと手を加えて、今はだいぶパワーアップしています。

オープン前日の店内
ストリートビューの画像 オープン当初よりもかなりパワーアップしていますね!

こちらもオープン前日。昔酒蔵だったので、敷地内に井戸があります。落下防止のため、その井戸を封印し、井戸の上に当店のキャラクター「右衛門さま」を配置し、右衛門神社としました。

オープン前日の井戸付近

これからも徐々にパワーアップさせていきます。
ぜひ右衛門横町にお越しください!






目標がない日々はつらい。自由すぎるのも考えもの。

毎日仕事をしていると、どうしてもやる気になれない日があると思います。やらなきゃと焦るばかりで、時間ばかりが過ぎてしまいます。一日の終わりに、今日がんばれなかったな・・・と罪悪感にさいなまれることはありませんか?


僕は、2011年から高山市で観光業に携わり小売店の経営を行ってきました。2018年ごろまでは、高山市内でお店を増やしていくという明確な目標があり、お店を増やして売上を上げるために、毎日努力していました。この期間は日々充実していたように思います。

しかし、2018年頃から徐々に景気が良くなり、それに伴い高山市の有効求人倍率は1.8を超える事態に。こういう時は零細企業から厳しくなっていきますね。求人を出しても1年間応募すらない状況になり、労働力を集めてお店を増やすというビジネスモデルに限界を感じました。

2019年1月、高山市内での出店を今後「やめよう」と決意し、約8年間行ってきた「高山市でお店を増やして、売上を作ろう」という目標は終わりを迎えました。

さぁそこからが大変です。
高山市内でお店を増やさない、でも売り上げを作らないといけない、じゃあ何をする?
ここから約1年に渡り、足踏み状態が続きます。いろいろ試し、考え、行動してみましたがどれもパッとせず、厳しい時期でした。この時期に、冒頭で書いたように、毎日仕事をがんばっていない罪悪感にとらわれて、本当に悩んでいました。

市内の他の経営者はどんどん先に進んでいる。結果も出している。にも拘わらず、僕は何の結果も出せていない。やることと言えば、やる気が出ないといって毎日Youtubeを見る。経営者として本当にダメだったなと反省しかありません。

何をしたらいいかわからない。
何をする?
何をやってもいい。
何をやるかは自由に決めていい。

という状況は、本当につらかったです。自由すぎるというのも考え物ですね。

さて、そのような状況が長く続くなか、ようやく2019年6月にインターネットで商品を販売するという目標を掲げ、新しく仕事をスタートさせました。
1年がたち、うまくいかない日常にイライラしたり、悩んだりしながら仕事をしています。でも、明確な目標があるおかげで、暗闇をさまよっている感覚はなくなりました。やらなければならないことが明確で、仕事を頑張らない日が徐々に減ってきたのです。

なにか目標をもって取り組む。そんな当たり前のことを改めて大切だなと認識したのです。

皆様の目標は何ですか?
また、やる気が出ないとき、どうしていますか?
ぜひコメントしてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございます!




高山市にリニューアルオープンした 豆天狗というラーメン屋の紹介

岐阜県高山市は、「高山らーめん」の激戦区です。
徒歩15分圏内の城下町には、パッと思いつくだけでも8店舗のラーメン店があります。
そのような激戦区の中、今年の夏に老舗ラーメン店「豆天狗」がリニューアルオープンしました。地図はこちら

僕が尊敬する経営者の方が、先代から経営を引き継ぎ、新たにお店をオープンしました。

コロナの影響で工事が遅れ、厳しい船出だったかと思いますが、オープン以来、観光のお客様をはじめ地元の方々で賑わっています。

そういう僕も、豆天狗の「まぜそば(平日限定)」にはまって、足しげく通っています。麺を食べた後、無料でついてくるご飯を入れて食べるのがたまらなくおいしいです!

ぜひ高山にお越しの際は、豆天狗で「高山らーめん」を食べてみてください!

初代高山藩主 金森長近(かなもりながちか) 京都を愛した武将

金森長近(かなもり ながちか)という武将を知っていますか?
僕たち高山人からすると、とても馴染み深い武将で、城跡の公園にある銅像は高山人であれば一度は見たことがあるのではないでしょうか?
簡単な歴史年表を下に書きます。

【歴史年表】==============================
1524年 誕生
1575年 信長から「越前大野郡」に所領を与えられる
1586年 秀吉から「飛騨国」をあてがわれる
1588年 高山城築城、街づくり開始
1600年 関ヶ原の戦いでの軍功により、飛騨国に加え、
     美濃国、河内国などの領土を得て、初代高山藩主とる。
1608年 亡くなる

長近は、織田信秀→織田信長→柴田勝家→豊臣秀吉→徳川家康→徳川秀忠と主君を代えて、1608年に亡くなります。
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そして、この長近が1588年ごろから京都を参考にして作った町並みが、現在の高山観光の礎となっています。

長近の街づくりによって、城から近い場所を「上町(かみちょう)」、安川通りを隔てて遠い場所を「下町(しもちょう)」と名付けられました。また、宮川から遠い順に「一之町(いちのまち)」~「三之町(さんのまち)」として整備されました。
地図を見ると、高山の城下町が京都のような碁盤の目になっていることがわかります。この頃の街づくりの結果が、飛騨高山が小京都と呼ばれる理由になっています。

そして興味深いことは、長近が最初に収めた「越前大野郡(現在の福井県大野市)」と飛騨高山との共通点です。その共通点で最も顕著なのが方言です。城主の移動に伴い、家臣、そして有力な商人や町人が一緒に移動するので、方言が似ることは納得できますね。
越前大野と飛騨高山で共通する方言は次のようなものがあります。

「悪い」 ⇒ 「おぞい」
「凍る」 ⇒ 「しみる」
「鳥肌」 ⇒ 「さむぼろ」 など

町がゴソッと移動した結果です。今では考えられない現象で、とても興味深いですね。

ちなみに、越前大野は「北陸の小京都」と呼ばれています。このことから、長近が京都にとても憧れていた様子がうかがえます。

このような切り口で町を見てみると、とても興味深いです。
高山観光の礎を作った長近がもっとクローズアップされることを期待しています!



アウトプットの難しさ 今日をがんばれるか?

いろいろなビジネス書には、アウトプットの重要性が書かれています。
アウトプットの重要性は、十分わかっているけれど・・・。ずっと逃げてきました。
なぜかというと、アウトプットは本当に大変だからです。

例えばブログを使ってアウトプットする場合、

・記事の内容は正しいか
・言葉使いは適切か
・他者を貶める、不快にさせる表現をしていないか
・個人情報の取り扱いは正しいか

などなど、インターネットで広く自分の意見を発信する場合、このようなたくさんの事を考えなくてはなりません。

今、ブログをはじめて、4つくらいですが記事を書きました。記事を実際に書いてみて、自分の言葉で伝わる文章を作ることは、本当に難しいと痛感しています。練習したら少しずつ上手になっていくものなのでしょうか?僕は特に「、」をたくさん打つことや「てにをは」を省略する癖があります。

このようなアウトプットを、数年にわたって毎日行っている人は、本当に素晴らしいと思いますし、僕もそのようになりたいと思っています。
人気Youtuberの方々は、文章よりももっと大変で気を使う動画を、毎週・毎日投稿し続けています。また、その動画のクオリティも高い!
なぜそのようなことができるのか、本当に尊敬します。
そりゃ人気も出ますよね。魅力的ですもんね!

ある人気漫画の名言にも「今日をがんばった者、今日をがんばり始めた者にのみ明日が来るんだよ・・・」とあります。

僕も今日をがんばります!



「継続は力なり」 わかっているけど、出来ない。でもやらないといけない。僕の方法を紹介します!

ビジネスを成功させる最も大切な要因は、「継続することだ」と、私が尊敬する経営者は言います。ゴールを決め、戦略を立て、戦術・スケジュールを決めたら、ただひたすらスケジュール通りに毎日継続する。
わかってるんです。大切だということは。でも・・・できないんです。

「できない!」といっても現実は厳しいです。できない場合、無情にも会社が無くってしまいます。それは困ります。

ではどうするか?

この投稿では、日本三日坊主選手権、優勝候補である僕が、今実践している継続するための4ステップを紹介します。もしあなたが、三日坊主選手権にエントリーしようかと考えているのであれば、きっと参考になるはずです。

大切なことは、「こんなことも継続できないのか」と自分自身を責めないことです。責める気持ちはあきらめを生み、挑戦する気力を失わせます。
自分は継続することは苦手。
でも必ず自分にもできるようになると信じることが大切です。

【タスクの内容】
毎朝Facebookのグループに、日報を上げるためのイベントを作り、自分の日報を投稿する(作業時間約3分)

継続するための4ステップ

(ステップ1)タスクを実施する時間を決める
僕は、空いた時間にやろうとすると、日々の忙しさにかまけて、できなくなることを知っています。そのため、タスクを実施する時間を決めました。具体的には出勤直後(朝7時30分)に真っ先に実施することを決めました。

(ステップ2)宣言する
Facebookグループの全メンバーに対し、「僕が毎日イベントを作ります!」と宣言しました。その時は曖昧な宣言ではなく、言い切ることが必要です。他人との約束を破ることは、経営者として最悪の行為であると、事前に自分のスタイルとして決意しておく必要があります。

(ステップ3)小さな小さな成功体験を積む
私くらいの三日坊主ランカーになると、新しいことを始めるときに「どうせ続かない・・・」というあきらめの気持ちが湧いてきます。そんな状態を抜け出すためには、小さな小さな成功体験の積み重ねが必要です。成功体験を積むことによって「もしかしたら自分にもできるんじゃないか?」と思うことができるようになるのです。
そのためにも、最初のタスクは簡単なものがいいです。実際にFacebookにイベントを作るタスクは、3分もあればできます。この誰でもできる簡単なタスクを毎日続けることにより、自分に自信をつけることができます。

(ステップ4)タスクを21日間続ける
インキュベートの法則によると、21日間継続すると習慣化できるらしいです。そこで、3カ月、1年と長い期間を定めるのではなく、まずは「21日間」続ける必要があります。逆に21日間続けば大丈夫だと信じて実行してみてください。

ここまでできれば大丈夫です。
自分は継続できない人間だとあきらめていた気持ちが、不思議と「自分でも継続できるかもしれない」という自信が湧いてきます。すると、もう少し複雑な物事も、もしかしたら継続できるかもしれないから、「やってみよう!」と思えるはずです。

実際に僕は、Facebookの作業を約1年2カ月継続しています。自分のこれまでの行いからすると1年も継続できるのは異例の事態です。
僕は、この小さな小さな成功体験を積むことにより、自分にも継続することができると自信を付けました。その結果、インスタグラムとブログをはじめても「毎日投稿ができる!」と確信し、インスタグラム、ブログを始めました。

もしあなたが継続できないと悩んでいたら、ぜひ紹介した継続するための4ステップを実施してみてください。また、継続するために「こんな方法もあるよ!」など是非コメントで教えてください!

がんばりましょう!


高山の朝市

飛騨高山の名所として古い町並みについで有名なのが「朝市」です。
高山の城下町には2か所の朝市があり、1つ目が「陣屋前朝市」、2つ目が「宮川朝市」です。

どちらの朝市もお母さんたちをはじめとした地元の方々が出店しています。年中無休で朝7時(冬期は8時)~12時30分くらいまでやっています。ぜひ高山にお越しの際はお立ち寄りください。

高山の朝市の歴史は古く、江戸時代に始まり、令和になった現代でも、新しいものと融合しながら脈々と続いています。雨の日も雪の日も、お店を出される方々の日々の積み重ねが、世代を超えて「伝統」と呼ばれるものに昇華すると考えると、とても感慨深いものがあります。
僕たちの今日一日が積み重なって、高山の伝統を作っていると考えると、もっとしっかりしないと!という気持ちがこみ上げてきます。

僕のお店は、宮川朝市の方にあります。宮川朝市は、宮川沿いのまっすぐな道路に、片面が朝市、片面が商店街というちょっと変わった通りになっています。
歴史的には、朝市の発展に合わせて、商店街側にお店が集まってきたと聞いています。
僕のお店も集まってきたお店の一つです。
朝市の方々作ってきた歴史にお邪魔させていただいているという謙虚な気持ちでこれからもお店を運営していきたいと思います。

まだまだ厳しい日々が続きますが、皆様お体にお気を付けください。そして、終息後は是非、飛騨高山にお越しください。皆様のお越しを心よりお待ちしております!


桜山八幡宮

夏の桜山八幡宮です。
木々の緑と空の青がとてもきれいです。
神社に伸びる表参道からみる景色は圧巻です!
高山に来たら是非見ていただきたい景色です!!
地図はこちら

桜山八幡宮といえば、秋の高山祭です。毎年10月9日・10日に開催される祭りは、当神社の例祭で、豪華絢爛な屋台(※1)が引き揃えられます。
※1:市外の方には「山車(だし)」というほうがなじみがありますかね

祭り期間中は、神社境内で「布袋台」による「からくり」奉納も行われます。

高山祭は、我々城下町で働く人々にとっては特別なお祭りです。
春の高山祭が始まると、これから観光シーズンが始まる!とワクワクし、秋の高山祭が始まると、もうすぐ観光シーズンが終わるな~としみじみします。
今年は、コロナウイルスの影響で春も秋も祭りが中止になりました。そのため、大切な節目が無くなって、パリッとしない一年でした・・・。

皆様も地元のお祭りが中止になって、とても残念な気持ちになったと思います。祭りは日本人にとって、やはり特別だということでしょうか。祭り当日の朝のワクワク感と、終わった後のしっとり感、何度味わってもいいですよね!
早くコロナが終息して、いつも通り各地のお祭りが開催できるようになってほしいものです!
来年、無事に高山祭が開催されたら、ぜひお越しください!
高山で一緒にワクワク感としっとり感を味わいましょう。

ぜひ、皆様の地元のお祭りについてコメントしてください!

【お祭りの日】
春の高山祭:4月14日・15日
秋の高山祭:10月9日・10日

【インスタグラム・その他】
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